その一方で、サマック氏は民主党員でありながらも軍上層や保守勢力と密接な関係を持っていたことで知られました。

 1976年の「10.6暴動」の時は内務副大臣の職にありましたが、デモ隊を扇動していたのではないかとか、あるいは発砲に関与していたのではないかと疑われます。デモ隊は王宮前広場から民主記念塔にかけてのラチャダムヌン通りに集まりましたが、サマック氏のいた内務省はここから南へ数百メートルのところにあり、現場を見ていた、指示を出していたとしてもおかしくありません。当人は生前、全面的に否定しており、「10.6暴動」の真相は永遠に闇の中となってしまいました。

メインメニュー

カオサン通り一覧

携帯サイト