サマック氏の実家はラマ6世王の時代に侍医を務めたこともある名家。ですから華人の血を引くとはいえ中国語は全くできず、逆にタイ語に対しては相当のこだわりを持っていました。

 サマック氏は中国名も持っていたようですが、タクシン元首相のように報道に出てくることはほとんどありませんでした。
 タイの古典文化に対する造詣も深く、庶民の間では親しみやすい存在でした。